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連載 西村尚子の生命科学探訪⑩
光に反応してATPを合成し、自己のパーツも作り出す人工細胞

コラム, 学会・研究

ATPDDS人工細胞

シュレディンガーやホールデンなど、これまでに多くの科学者が「生命とは何か」という問いに答えようとしましたが、未だに満足できるものはありません。「生命の最小単位」とされる細胞ひとつにさえ、複製、分裂、分化、酵素反応、情報伝達と、多様かつ複雑な活動が内包されているからです。

そんななか、2000年頃から「単純化した人工の細胞を作れれば、生命を定義できるのではないか」という、逆説的なアプローチで研究が進むようになりました(今では合成生物学とよばれる)。生命は地球ができたばかりの原始的な海水のなかで、「むき出しの核酸」が自己増幅するところから始まったとされています。その自己複製系は、リン脂質の膜からなる「閉じた袋」を獲得し、外界との物質のやりとり、成長・分裂といった細胞の構造と機能を備えていきます。人工細胞づくりは、こうした生命進化の初期段階を再現するものともいえます。

研究の多くは、「人工の脂質二重膜からなる袋(リポソーム)」に、DNAやRNAなどの核酸や、アミノ酸などの低分子化合物を入れ込むことで進められています。現在までに、このようなリポソームに、膜や核酸の電荷を制御する、微小電極を配置する、微小電圧をかける、といった方法で外からエネルギーを与え、リポソームの成長・分裂・運動、核酸の複製、タンパク質の合成など、細胞機能の一部が再現されるようになっています。

ただし、このような人工細胞は「外から供給したエネルギーを消費するだけ」という点において、実際の細胞と根本的に異なります。生きている細胞は、呼吸や光合成(植物の場合)によって自ら「エネルギー通貨となる物質(ATP:アデノシン三リン酸)を産生し、それをあらゆる活動のために消費するしくみをもつからです。

ところが先日、東京工業大学の研究チームが「光をあてることで、生きた細胞のようにATPを産生する人工細胞」を作ることに成功しました。鍵は、好塩菌(古細菌の仲間)がもつ「バクテリオロドプシン(bR)」という細胞小器官とATP合成酵素を組み合わせた構造体を作り、それをリポソーム内に組み入れたことにありました。bRは「原始的な葉緑体」に例えることができます。光に反応して段階的な化学反応を引き起こし、その過程でプロトン(H)を菌体外に放出するのです。すると、菌体の内と外とではHの濃度勾配ができ、その差が菌体内のATP合成酵素を動かすエネルギー源となり、好塩菌はATPを産生するようになります。

研究チームは、加えて、タンパク質の合成に必要な36種類の酵素、合成装置であるリボソーム、複数の低分子化合物も封入した「直径100〜200nm(1nは100万分の1)のリポソーム」を人工細胞とし、光をあてる実験を行いました。結果は予想通りで、bRとATP合成酵素からなる構造体がATPを産生し、そのエネルギーを利用してDNAの情報通りにタンパク質が合成されたというわけです。しかも、ATPを利用してbRも増幅し、増えたbRが機能することでATPの産生量が格段に増えることも確認されたとのことです。

自発的に光のエネルギーを取り込み、それをATPという分子に変換させ、さらに、そのATPを使ってタンパク質や自己パーツを合成させることに成功した、今回の人工細胞研究。生命を定義する際の一要素とされる「自立したATP産生」の重要性が明確に示されただけでなく、光を使って駆動する部品やDDS(ドラック・デリバリー・システム)などへの応用も期待できそうです。

西村 尚子
サイエンスライター

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