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連載 西村尚子の生命科学探訪⑫
DNAの長さによって分裂サイクルが変わる人工細胞

コラム, テクノロジー

人工細胞分裂サイクル

前々回、人工細胞についての成果を紹介しましたが(参照 光に反応してATPを合成し、自己のパーツも作り出す人工細胞)、さらに新たな知見がもたらされました。神奈川大学などのチームが、人工細胞が能動的に分裂するタイミングを、内部に入れ込むDNAの長さによって制御できることを実験で示したのです。この成果は、「二重膜からなる袋に、むき出しのDNAが収まっただけの原始的な細胞」が、どのようにして「生命情報の流れ」を構築したのかという生命進化の謎に迫るヒントにもなると思われます。

細胞が分裂するには、細胞内のさまざまなパーツが増幅された後に、同調して正しく分配される必要があります。ヒトでは200種以上あるとされる細胞は、「必要な時に、必要な数だけ」分裂するための細胞周期のしくみを備えています。このしくみが壊れると、細胞はがん化して無秩序に増え、やがて生命を維持することが難しくなります。

これまでに同チームは、「外部から膜やDNAの材料を与えると、それらを取り込んで膜分子やDNAを増幅し、細胞を肥大化させた後に分裂する人工細胞」を作り出すことに成功していました。直径3〜10μm(1μmは100万分の1m)のこの人工細胞は、材料を供給することで何世代にもわたって分裂を繰り返すそうです。つまり、細胞周期の一部を再現させることに成功したといえますが、DNAと膜のふるまい(動態)を同調させるまでには至っていませんでした。

今回、研究チームは、これまでの人工細胞に「増幅されたDNAと膜分子が電気的に相互作用して複合体を形成する操作」を施し、DNAと膜分子の動態が連動するように改変しました。そのうえで、DNAの性状(長さ)のちがいが、分裂のしやすさなどにどう影響するのかを実験によって調べました。さまざまな長さのDNAを入れ込んだ人工細胞を作り、一定時間、分裂・増殖させた後で細胞数を数え上げたのです。

その結果は驚くべきものでした。短いDNAをもつ人工細胞ほど分裂サイクルが速く、長いDNAをもつほど分裂サイクルが遅くなるとわかったのです。研究チームは「塩基配列の異なる、同じ長さのDNA」を複数用意して実験を繰り返していますが、長さが同じであれば分裂サイクルはほぼ同じで、配列には全く依存していないことがわかりました。

今回の成果から浮かびあがるのは、DNAが膜成分と結合して複雑な構造(超分子複合体)を作り、DNA合成酵素や細胞周期を制御するタンパク質のように機能する原始細胞の姿です。40億年前の海中では、まず、DNAの塩基配列ではなく長さに依存した「原始的な生命情報の流れ」が生じ、その後で「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」というセントラルドグマがもたらされたのかもしれません。

西村 尚子
サイエンスライター

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