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連載 西村尚子の生命科学探訪⑰
熱中症リスクの予測技術、「暑さ適応の個人差」を加味する方向へ

コラム, テクノロジー

梅雨寒が続いて冷夏なのかと思いきや、一転して、猛暑がやってきました。日本列島への太平洋高気圧の張り出しを阻んでいたエルニーニョが、7月中旬に終息したことによるようです。連日、熱中症の注意喚起がされているものの、消防庁の発表によると、7月29日から8月4日までの1週間に1万8000人以上が救急搬送されたとのこと。痛ましい死亡例も相次いでおり、お盆休みに向けていっそうの警戒が必要です。

熱中症は高温多湿の環境に適応できないことでおき、「熱失神(主に、頭痛やめまい)」、「熱疲労(脱水による体のだるさ、めまい、頭痛、吐き気など)」、「熱けいれん(脱水による筋肉のけいれんや痛み)」、「熱射病(40度を超える高体温、意識喪失、臓器障害など)」の4つに分けられています。

一方、熱中症リスクの判定には、気温、湿度、輻射熱の影響を統合したWBGT(wet-bulb globe temperature:湿球黒球温度)が使われています。米国で開発されたもので、屋外におけるWBGTは「0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度」で求められます(湿球温度は温度計の球部を湿ったガーゼで覆って測る、黒球温度は黒色にして測る、乾球温度は一般的な温度計によるもの)。日本気象協会では、日常生活において、WBGT 25〜28度で警戒、28〜31度で厳重警戒、31度以上で危険とし(日常生活における熱中症予防指針Ver.3)、学校、自治体、企業等もこの判定基準に従っています。

ところが実際には、「警戒レベルに達していないのに熱中症になった」、「危険レベルで運動してしまったが、熱中症にならなかった」といった例が多くみられます。熱中症になりやすいかどうかは、体力、年齢、代謝機能、持病の有無などによる個人差が大きいためです。そのため、「リスク判定には、暑さへの個人ごとの適応具合を加味すべき」とする専門家が増えています。

例えば、名古屋工業大学の平田晃正教授らのチームは、「計算解剖人体モデル」を使って、同じ気温、湿度、太陽日射でも、個人ごとの体温や発汗の調節能力によって熱中症のリスクが大きく異なることを突き止めています。この人体モデルでは、67種もの生体組織が考慮されており、人体を2ミリ四方、4500万の点に分けて解析できるそうです。

私たちの体温が約36.5度に保たれているのは、脳の視床下部にある深部温度センサーと、皮膚の体表面温度センサーが、休むことなく体温をモニターしているからです。深部センサーはきわめて敏感で、0.01度の変化を感知できるとされています。この深部センサーが体温上昇を感知すると、汗腺、血管、筋肉、内分泌腺を調節して体外に熱を放出します。一方の体表面センサーは、皮膚が温かいか冷たいかを感知して、その情報を脳に伝えています。

名古屋工業大学のチームは、計算解剖人体モデルによるシミュレーション解析によって、「75歳以上の後期高齢者は、深部センサーの機能低下で熱中症になりやすい」、「65〜75歳の前期高齢者は、体表面センサーの機能低下で熱中症になりやすい」、「妊婦は胎児の高い代謝量によって、熱中症リスクが高まる」、「小児と成人に生理的な差はほぼないが、子どもは体積に対する表面積の割合が大きいために脱水症状になりやすい」といったことを明らかにしています。

とはいえ、一般的には、暑くなるに従って発汗量や血流量が段階的に増え、真夏を迎える頃には暑熱環境に適応できるようになります。このような適応を暑熱順化といいます。同チームは「暑熱順化前には深部の温度知覚センサー、皮膚の温度知覚センサーが作動するまでに時間がかかり、深部センサーは体温が0.1〜0.2度上昇後に、皮膚センサーは体温が1〜1.5度上昇後にはじめて作動する」、「暑熱順化前の運動時は順化後よりも活動代謝量が多く、体温が上がりやすい」といったことも突き止めたとしています。

一方、海洋研究開発機構は、スーパーコンピュータ(地球シミュミュレータ)を利用した「気象データ(気温、湿度、日射量、風速)を5メートルメッシュの高解像度で算出する技術」に計算解剖人体モデルを組み合わせることで、都市空間における「日向か日陰か、成人か子どもか」といったリスクの差を考慮したリスク評価技術を開発したと発表しました。具体的には、東京駅周辺を時速4キロで23分歩く想定で、異なるルートごとの熱環境の時系列データを算出し、得られたデータを計算解剖人体モデルに入力。はじき出された発汗量や体温上昇を比較することでリスク評価を行い、成人の体温上昇は日向で0.39度、日陰で0.22度、子どもはそれぞれ0.48度、0.28度であることなどがわかったとしています。この技術により、夏季イベントの立案段階でリスク低減対策が可能になったり、年代や活動レベル別にリスク予測することが可能になるということです。

来年夏の東京オリンピック・パラリンピックに向け、「さまざまな個人差」を考慮した熱中症リスク予測の速やかな実用化を期待します。そして、予測情報を利用する側の私たちは、自分の状態に応じた正しい対策をとることで自身を守れるようにしたいものです。

サイエンスライター
西村 尚子

参考URL

環境省 熱中症予防情報サイト
http://www.wbgt.env.go.jp
日本気象協会 熱中症情報
https://tenki.jp/heatstroke/
日本気象協会 熱中症セルフチェック
https://www.netsuzero.jp/selfcheck
厚生労働省 熱中症関連情報
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/index.html

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