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連載 西村尚子の生命科学探訪③
人工塩基でコドンを拡張し、細胞に新規タンパク質を作らせる

コラム, テクノロジー

コドンタンパク質人工塩基合成生物学

生物の遺伝情報は、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という4種類の塩基から構成されています。4種の塩基を文字にたとえるなら、遺伝子は4種の文字で書かれた百科事典のようなもの。そこに、生体が必要とする、あらゆるタンパク質のレシピが記されています。

タンパク質の材料は、20種のアミノ酸です。遺伝子中の塩基は3つが単位となり(コドンといいます)、いずれか一つのアミノ酸を指定します。コドンの組み合わせは4×4×4で264 通りになりますが、「CGC、CGA、CGG、CGTはどれもアルギニンというアミノ酸を指定する」、「TAA、TAG、TGAは遺伝子の読み込みを停止させる合図で、アミノ酸を指定しない」といったようになっているので、指定されるアミノ酸は20種に集約されているのです。細胞内でタンパク質が作られる際には、アミノ酸がコドンに従って数珠のようにつなげられ、化学的な結合、電気的な相互作用、官能基の付加などにより、立体的な構造に組みあがります。

このような4種の塩基によるタンパク質合成の原則は、生命が誕生したとされる約40億年前から現在に至るまで、変わることなく守られています。ところが2017年、米国スクリプス研究所のフロイド・ロムスバーグ博士らは、2種類の人工塩基を作って大腸菌に組み込み、天然にはない全く新しいタンパク質を作らせることに成功しました。ロムスバーグ博士によると、6種の塩基により、コドンが216通りに拡張し、最大172種のアミノ酸を指定することが可能になったとのことです。

ロムスバーグ博士は2014年には、「人工塩基を1種類だけ組み込んだ環状DNA」を大腸菌に導入することに成功していました。ただ、そのような大腸菌は細胞分裂の速度が遅いうえに、時間とともに人工塩基を排除してしまい、タンパク質を合成させることはできませんでした。次の段階では、2種の人工塩基を加えた6種類の塩基からなるDNAを導入し、人工塩基を保持したままDNAを複製させることに成功。そしてついに、人工塩基を組み込んだ遺伝子から「天然にはないタンパク質」を合成させることに成功したのです。

その鍵は、大腸菌の培養液に人工塩基に対応させるための「天然にはないアミノ酸」を加えることと、アミノ酸の運搬役を果たすRNA(トランスファーRNA)の一部を改変することにあったといいます。レシピに新しい文字を加えるなら、新たな文字に対応した材料と加工装置も必要だろう、という発想です。今回の大腸菌が作り出した新たなタンパク質の見た目や機能は、人工塩基を加える前のタンパク質と変わらなかったとのことですが、ロムスバーグ博士らは、遺伝子の特定の部分を狙って人工塩基を組み込むことで、合成されてくるタンパク質に新しい機能を発揮させることができると考えています。

このように、工学的な操作によって生物に新たな形質や機能をもたらそうとする学問を合成生物学といい、世界中で研究されるようになってきています。期待されるのは、謎として残っている生命現象の解明や、新たな医薬品開発などですが、一方で、結果を正確に予測できない、環境や人体への影響がゼロとはいえない、兵器や軍事利用などに転用されるリスクを排除できない、といった問題があり、研究倫理についての議論やルール作りも急務となっています。

西村尚子(サイエンスライター)

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