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連載 西村尚子の生命科学探訪⑥
白血病の「分子標的治療薬」が続々登場
—–寛解から完全治癒が望める時代に向かって

コラム, 学会・研究

分子標的治療薬白血病

競泳界のホープとされる池江璃花子選手が、自身の白血病について公表し、日本のみならず世界中に大きな衝撃を与えています。「18歳という若さでなぜ?」との声が上がっていますが、白血病には、急性リンパ性白血病のように小児〜若年成人に最も多く発症するもの、慢性骨髄性白血病のように40〜50歳代以降に多いものなど、さまざまなタイプがあります。

大きく4つ、さらにサブタイプに分類

白血病は「血液の元になる造血幹細胞」の分化・成熟が「ある段階」で障害され、未熟なまま無制限に増殖する病気の総称で「血液のがん」などともよばれます。臓器のがん同様、遺伝子や染色体に傷がつくことで発症すると考えられていますが、詳しいメカニズムはよくわかっていません。

タイプの分類法はいくつかありますが(FAB分類やWHO分類など)、大きく、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病の4種に分けられます。骨髄性かリンパ性かは、増殖する細胞が骨髄細胞由来かリンパ球由来かによります。また、「急性」は未熟な細胞のみが増殖するもの、「慢性」は未熟な細胞から成熟した細胞まで幅広く増殖するものを指します。

白血病の治療には、化学療法、造血幹細胞移植(抹消血幹細胞移植、臍帯血幹細胞移植を含む)、分子標的薬があります。造血幹細胞移植は主に、薬物では治癒が期待できない場合や再発症例に適応されます。ただし、どの治療をどう使うかは、白血病の種類、遺伝子や染色体の異常による細かい型(サブタイプ)、病気の進行度によって異なります。

分子レベルの異常に着目した新薬が続々と

3大治療のうち、進展が目覚ましく、続々と新薬が登場しているのは分子標的薬です。いずれも、白血病細胞でみられる遺伝子やタンパク質の異常を標的とし、その機能を阻害する作用をもちます。はじめに使われるようになったのは、急性前骨髄球性白血病(急性骨髄性白血病の一種)に適応されたトレチノインという薬でした。もとはビタミンA誘導体として皮膚科で使われる薬でしたが、未熟な前骨髄球を正常な方向に分化誘導するはたらきがあるとわかり、1990年代後半に転用されたのです。

トレチノインの効果は絶大で、大量投与された70歳未満の患者では90%以上が寛解(骨髄中の白血病細胞が全体の5%以下になること)に至るようになっています。一部の再発・難治性で「CD33陽性タイプ」に分類される急性前骨髄性白血病には、ゲムツズマブ・オゾガマイシンという「抗体と細胞傷害性抗腫瘍性抗生物質誘導体をつなげた分子標的薬」が使われるようになっています。

慢性骨髄性白血病については、イマチニブという分子標的薬を継続して使うことで、5年後も約90%の患者が生存できるようになりました。イマチニブは白血病細胞中のチロシンキナーゼという酵素と結合することで、この酵素の活性を抑え、細胞増殖の信号を遮断する薬です。第二世代、第三世代の薬も開発されており、選択肢が広がりつつあります。

イマチニブについては、急性リンパ性白血病のうち、白血病細胞中にフィラデルフィア染色体(22番染色体と9番染色体が一部入れかわり、c-abl遺伝子とbcr遺伝子が融合したもの)がみられるタイプにも有効であるとわかっています。

急性リンパ性白血病は、治療中や治療後に再発することが少なくありません。そのため、再発または難治性の急性リンパ性白血病に使える分子標的薬の開発も進んでいます。たとえば、「CD22陽性タイプ」の急性リンパ性白血病には、イノツズマブ・オゾガマイシンという薬が使えるようになりました。この薬も抗体に細胞傷害性抗腫瘍性抗生物質をつなげたもので、化学療法よりも強い効果が得られるとわかってきています。

直近では、昨年12月にギルテリチニブという分子標的薬が登場しました。この薬はFLT3(Fms様チロシンキナーゼ3)遺伝子の変異をもつ細胞を殺傷します。FLT3変異はさまざまなタイプの急性骨髄性白血病でみられる最も頻度の高い(約25%)遺伝子変異なのですが、この変異があると抗がん剤や造血幹細胞移植が効きにくいという難題を抱えていました。ギルテリチニブは単独使用で効果が期待でき、化学療法や造血幹細胞移植後に再発した患者、高齢などで化学療法や造血幹細胞移植が難しい患者にも使えるとされています。現在、タイプの異なる数種のFLT3阻害薬も臨床試験中で、今後、ラインナップが増えると期待されています。

完治を目指せる時代はすぐそこに

数十年前まで「不治の病」とされた白血病ですが、近年は、抗がん剤や造血幹細胞移植の進歩によって予後が格段に良くなりました。たとえば、小児の急性リンパ性白血病は、化学療法のみで約95%が寛解に至り、そのうちの「遺伝子変異等で判断される予後リスクが標準的な群」で約80%が、高リスク群でも約60%が治癒に至っています。現在は、分子標的薬が加わり始めたことで治癒率がさらに上がってきており、本格的に導入されれば「白血病は完治する病気」になるかもしれません。

西村尚子
サイエンスライター

 

 

 

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