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連載 西村尚子の生命科学探訪⑨
ゲノム編集で、拒絶反応が起きにくいiPS細胞を作る

コラム, テクノロジー

iPS細胞ゲノム編集

「iPS細胞から分化させた細胞を使う再生医療」の臨床研究が、昨年来、一気に加速しています。たとえば、心筋細胞を重症虚血性心筋症に(大阪大学)、ドーパミン神経前駆細胞をパーキンソン病に(京都大学)、神経前駆細胞を亜急性期の脊髄損傷に(慶應義塾大学)に、といった具合です。基礎から臨床まで途切れることなく速やかに研究が進むよう、臨床研究や市販後調査の症例情報を収集するデータベースの構築、法整備も進んできています。

ただし、広く使える医療にするには、大きな課題が一つ残されています。細胞の表面には自己か非自己かを認識するための抗原(HLA)が提示されており、自分のHLA型と合わないHLA型の細胞を移植すると免疫拒絶反応がおきてしまいます。つまり、移植に使うiPS細胞のHLA型はできるだけ患者のHLA型に合わせる必要がありますが、型は「複数のパーツの組み合わせ」で決まるため数万種に及び(実際には、一般的な型と稀な型とがあり、完全に一致するのは数百〜数万人に一人とされる)、すべてに対応するのはほぼ不可能です。

臨床試験では、患者の細胞からiPS細胞を作り、そのiPS細胞を心筋細胞やドーパミン神経前駆細胞に分化誘導させたものが使われます。患者自身の細胞なので拒絶反応は起きませんが、莫大な時間と費用がかかります(そもそも、心筋梗塞などの一刻を争う疾患ではドナーを探してiPS細胞を作る時間的余裕がありません)。現実的なのは、あらかじめいろいろなHLA型のiPS細胞をストックしておき、必要に応じて病院に分配する方法で、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が事業化を進めています。

実は、拒絶反応を抑えるには、HLAのパーツの一部(A座、B座、C座)を合わせることが重要であることがわかっています。A座を例に説明すると、両親から1つずつで計2つ、A1A2、A1A3のように受け継ぎます。この時、父親からも母親からも全く同じパーツをA1A1、A2A2、A3A3のように(HLAホモ接合体という)受け継ぐのは非常に稀ですが、A1A1であればA1を1つもつだけの人(A1A2、A1A3のように)に移植しても拒絶反応が起きにくいことも明らかになっています。以上のような理論をあてはめると、約140通りのHLAホモ接合体の型で日本人の95%以上をカバーできると考えられます。

140通りのiPS細胞であれば作れるように思えますが、実際にHLAホモ接合体の型をもつ人を探し出すのは容易ではありません。そこでCiRAの研究チームは、最新のゲノム編集技術を用いた「拒絶反応に関与するパーツの遺伝子を改変する手法」を検討し、型が一致しない人に移植しても拒絶反応がおきるリスクの小さいiPS細胞作製法を2つ開発することに成功しました。

一つ目は、ホモ接合体ではない一般的なHLAのiPS細胞を作り、2つずつあるA座、B座、C座の遺伝子のいずれか片方をゲノム編集によって選択的に取り除き、それぞれの座のパーツが1種からなるようにする手法です。二つ目は「免疫細胞(キラーT細胞)が攻撃の目印とするA座とB座」の遺伝子を2つとも選択的に破壊し、さらに「別の免疫細胞(NK細胞)が攻撃をやめる目印としているC座の一部」の遺伝子だけを残したiPS細胞を作り出す方法です。

研究チームは、このようにして作ったiPS細胞を血液細胞に分化させ、それぞれについて、試験管内や生きたマウスの体内で免疫反応を検証しました。そして、確かにキラーT細胞とNK細胞の両方の攻撃を逃れ、拒絶反応のリスクが小さいことを確認しました。

さらに試算により、日本人の95%以上をカバーするために、1つめの手法で73通りのiPS細胞が、2つ目の手法ではわずか7通りのiPS細胞があればよい(C座は種類が少ないため)ことも明らかにしました。ただし、今回の2つの手法ではNK細胞の攻撃を抑制できない場合もありうること、ゲノム編集では目的としない部位が改変されるリスク(オフターゲット効果)もゼロではないことから、今後も基礎研究レベルの検討が必要だといえそうです。 

西村 尚子
サイエンスライター

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