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連載 西村尚子の生命科学探訪②
今冬、ただ一度服用するだけのインフルエンザ治療薬が登場!

コラム, 小ネタ

インフルエンザゾフルーザバロキサビル

「今年は暖冬傾向」と発表されたと思ったら、12月に入ってグッと冷え込む日もあり、体調管理が難しいですね。12月2日時点で、15道府県がインフルエンザ流行期に入り(第48週の速報値)、全国規模への流行拡大も時間の問題となっています。今のところ、患者の7割以上がA/ H1型のインフルエンザとのことです。

実は今冬、インフルエンザの治療環境が大きく変わっています。最大のポイントは、「ただ1度」服用すればよい抗インフルエンザ薬バロキサビル マルボキシル(商品名 ゾフルーザ)が使えるようになったことにあります。ほかにも、服用後の飛び降り死亡事故が複数おきたために10代への投与が原則禁止とされていたオセルタミビル(商品名 タミフル)が10代にも解禁となったことや、オセルタミビルのジェネリック(後発品)が発売されたこともあります。

バロキサビルは、「成人と12歳以上の小児に40mg(80kg以上の患者には80mg)」を、「12歳未満の小児に40mg(体重40kg以上)、20mg(同20kg~40kg未満)、10mg(同10kg~20kg未満)」を、それぞれただ1回投与することになっています。つまり、ほとんどの成人は、20mgの錠剤なら2錠を1回飲むだけということになります。しかも、これまでの治療薬の多くは、A型かB型のどちらかのインフルエンザにしか効かなかったのに対し、バロキサビルはいずれの型にも有効です。

インフルエンザウイルスは、ヒトの鼻や気道の粘膜に取り付いた後、細胞内に侵入してはじめて増殖できるようになります。細胞内では、自らの遺伝情報(RNA)を放出し、ヒトのタンパク質合成装置を乗っ取って自分の遺伝子やタンパク質を合成します。

少し詳しく説明すると、この時、ウイルスは自分の「RNAとタンパク質から構成される物質(RNP複合体)」を使って、新たなタンパク質を作るためのメッセンジャーRNA(mRNA)の合成と、遺伝情報(RNA)の複製を、それぞれ異なる手順で進めます。mRNA合成の材料は、ヒトの細胞の核にあるmRNA前駆体(未熟なmRNA)です。RNP複合体は核内に潜り込み、「ある目印(キャップ構造)」をもつヒトのmRNA前駆体を捕獲し、一部分を切り出して使ってしまうのです。

新薬のバロキサビルには、ヒトのmRNA前駆体が切り出されるのを阻害する機能があります。いったんウイルスへのmRNA前駆体供給を阻害すれば、材料を確保できないウイルスは増えることができず、速やかに免疫によって排除されていくというわけです。

すでに広く使われているオセルタミビルやザナミビル(商品名リレンザ)などは、ヒトの細胞内で新たに作られたウイルスが細胞表面から放出されるのを抑える薬です。バロキサビルはこれらとは全く異なるメカニズムで作用を発揮するので、オセルタミビルなどに耐性を示すウイルスにも有効なのではないかとされています。

ここまで読んで「これからは、インフルエンザにかかってもたいしたことはない」などと軽く考えないでくださいね。乳幼児は命に関わる脳炎などを引き起こすことがあり、高齢者や基礎疾患をもつ成人も肺炎などを合併することが少なくありません。基本は、あくまでも手洗い、うがい、睡眠、栄養、そしてワクチンです。

今シーズンのワクチンには、2タイプのA型ウイルス(H1N1とH3N2)と2タイプのB型ウイルスが使われています。ワクチンで完全に感染を防ぐことはできませんが、感染した際の重症化を防ぐ、流行拡大を抑制する、といった効果が期待できます。人々が大移動する年末年始は目前。ワクチン未接種の方は、ぜひ検討してみてください。

西村 尚子(サイエンスライター)

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